あるいは法律がそこにある、という単に抽象的なシンボルとして制限速度80キロの看板は立っている、と認識すればよいのだろうか。とはいえ、これはつまり上で述べたように警察がいつでもあなたを捕まえることができるというメッセージに他ならない。結局私が感じるのは、時速80キロという制限速度の数字が実にナンセンスである、ということである。
その昔、言文一致運動という文学上の出来事があった。書き言葉と喋り言葉を一致させようとした文学運動であったと私は認識しているのだが、法律と生活を一致させる運動がこの国の文化には必要なのではないか思ったりする。あまりに乖離すると、法から合意が霧散し、なぜ法を守るのか心底わからなくなるだろう。
— 2009-06-20 - kom’s log (via chez-sugi) (via kml) (via takaakik)